バレンタインのいいまつがい
10種類以上のチョコレートブランド。それに群がる人。人口密度が異常だ。サーモグラフィーを使ったらその一角だけが真っ赤に表示されそうな位に混雑している。
チョコレートを物色しているのは主に女性。中学生と思われる女の子もいる。若いというだけで応援したくなるあたり、私ももうおばさんだということかもしれない。実際はともかく、精神的にはかなりの高齢である。よぼよぼ。
だけど中学生女子には負けられない、とばかりに私もチョコレートを見て歩く。重い体を揺さぶりながら、歩く。
購入を決めてから何もせずに5分が経過した。そして気づけば10分。
言い忘れていたようだが、私はブスなだけでなく、超がつく「コミュ症」である。周囲の人々が次々に店員さんに注文をするなか、なかなか声をかけるタイミングを掴めないでいた。その状況を打破しようとした挙句、チョコレート売り場をもう2週することになった。The無意味である。
このまま回り続けると、「永遠に売り場を回遊するブス」という称号でも与えられかねないので、私は意を決して店員さんに声をかけた。
「あの、すいません...!」
第一声は私の口を出て、そのまま周囲の雑踏に飲み込まれる。
オーケー、オーケー。
ここまでは想定内、とどこぞの政治家のように自分を慰めてみる。
「ーーーッッ(息を吸い込む音)すいませーーーん!!!!」
今度は自分でも驚くくらいに大きな声が出た。店員さんも気付いてくれる。ついでに私の周囲にいた4.5人も振り返ってくれたのは予定外だったが。
無事にチョコレートの購入を済ませ、うりばを出ようとした。とても混雑していて、なかなか前に進めない。
そんな時だった。80代くらい思われるお婆さんが突然私の服の袖を掴んだ。
もし私が男子で、お婆さんが女子だったらここから恋でも芽生えるのかもしれないが、今回の場合はただただ謎である。
「エリザベス・テイラーってどこですかねぇ??」
お婆さんの発した言葉が更に謎を深める。謎が謎を呼ぶ。私は20数年生きているが、エリザベス・テイラーを知らなかった。
とりあえずその響きから、グラマラスな外国人歌手(Elizabeth Taylor?)の姿を想像してみる。
しかしお婆さんがデパートでアメリカンシンガーを探しているとは到底思えない。
しかも私の脳内でエリザベス・テイラーがポップな歌をノリノリで歌っている状態であり、あまり頭が働かない。
「猫がねー、手術したのよ。でね、エリザベス・テイラー買いたいんだけど見当たらなくてねぇ」
猫アレルギーの愛猫家ことAnneはすぐにピンときた。
エリザベスカラーのことだったのである。
犬や猫が怪我や手術をした際に、その傷口を舐めないようにするときに使う、エラザベスカラー。
お婆さんにエリザベステイラーではなく、エリザベスカラーだと伝えた。お婆さんは特に驚く様子もなく、「ああ、エリザベスカラーね、はいはい。」と言った。そして私じゃ話にならんとばかりに、近くにいた店員を呼び止めて、どこに行けばいいかを尋ねている。
「エリザベステイラーってどこですかね?」
私は、せっかくの苦労がわずか数秒のうちに水の泡になっていく光景を目の当たりにした。
店員さんは困惑している。私はその店員に近づき、エリザベスカラーのことだと説明してからその場を離れた。
そして、なぜあのお婆さんはエリザベスカラーをデパートの食品フロアで探していたのかと考えながら店を出たのである。